「すまん松子。
「すまん松子。絶対木戸さんは松子と同室にすると思ったけぇ疲れ果てさせて営む体力奪いたかったそ。私の嫉妬のせいでごめんね?」
甘えるような声と表情でずいっと三津との距離を詰めた。
『本当にしたたかな奴だなこいつ……。』
もう反論する気力すら無い。桂は三津からどんな目を向けられようが反論すまいと口を閉ざした。
「小太郎さんのその顔は大体何か企んでる時の顔ですよね。私がその手に乗ると思いますか。」
「うわぁ松子が私を小太郎って呼んでる!木戸さん聞きました!?」 【BOTOX 去皺針】2-7天消除動態紋 - Cutis
「お前本当にただはしゃいでるだけだな。」
桂は悟った。目をキラキラ輝かせてこちらを見てくる入江は心の底からこの旅を楽しんでるに違いない。そこには何の意図もない。ただはしゃいでるだけ。
「だって楽しいですよ?
確かにこの先危険は付き物です。でもまたあの場所に戻って今の状況を,この国をひっくり返せるんですよ?私達の手で。
最愛の人の目の前でそれを成し遂げるんです。こんなに楽しい事はないでしょう?」
入江は三津の手を握り口角を釣り上げた。その目にはさっきの子供のような無邪気さはない。あるのは闘志だ。
「……お前のその変化にはいつもついて行けん。」
桂は額に手を当てて,はぁ……と大きく息を吐き出した。
「確かに……そう考えると格段わくわくはする。だがそれをさせまいとする輩の手がいつどう伸びてくるか分からん。
だから松子,すまないが今日以降は三人一部屋にする。君を一人にするのは危ないからね。」
「分かりました,従います。足手まといにはなりたくありません。」
三津も不機嫌さをしまい込んできりっとした表情を桂に向けた。
『稔麿を失った時と同じ様な目を……。彼女にもまた彼らの遺志が宿ったのかねぇ……。』
それからちらっと握られた手に目を向けた。
「私は向こうでは君達と別行動になる。寝泊まりする場所も別。だが何かしらで毎日連絡はする。
私が離れてる間は小太郎,松子の手を離すな。守りきれ。失敗は許さん。」
その言葉を聞き,入江は手を離して姿勢を正して頭を下げた。
「承知致しました。河島小太郎,必ず松子を守りきってみせます。」『九一さんあんだけ小五郎さんの事おちょくるのにこう言う時はちゃんとしてるんよなぁ。』
二人のやり取りでしっかり上下関係はあるのだなと三津はしみじみ思う。思うのだがそれよりも今気になったのは,
「河島小太郎って言うんですか。本名。」
「いや,偽名。私は偽名。一応潜入して情報集めたりしてたからね。その時のやつ。」
入江は頭を上げて訂正した。そして触れて欲しいのはそこではない。
「それより今の私格好良くなかった?」
確かに格好良かった。自信に満ちた勝ち気な顔で守るだなんて宣言されたら発狂もんだ。
部屋に入る前に覗かせた顔は戯けていたのに急に真面目にあんな姿見せられて落ち着いてられるもんか。
『ここで恥じらったり隙を見せたら絶対面倒臭い事になる。間違いない。』
「じゃあ杉蔵っていつ使ってたんです?偽名って誰かが付けてくれるの?それとも自分で付けるの?」
三津はそれなら私も松子じゃない名前がいいと言い出して入江の事はがっつり無視した。
「杉蔵は九一に改める前に松陰先生がそう呼んでいたな。懐かしい。
それより何でそんなに松子が嫌なの?」
桂は当時を懐古し穏やかに目を細めたが,松子も悪い名ではないだろうと眉間にしわを寄せた。
「松子は確かにいい名ですよ?でもこの名前幾松さんの怨念こもってるやないですか……。」
“私の事忘れたら絶対に許さへん”
そう言って妖艶な笑みを見せる幾松を思い浮かべて三津は身を震わせた。